その昔、今のJR和歌山駅の前から市役所の前を通り、
国道42号線を和歌浦から海南の方まで路面電車が走っていた
この通り沿いの要所要所、例えば「車庫前」などに屋台の中華そば屋がこぞって軒を連ねていた。
路面電車が廃止され、さらに国体のために市内の交通網を整理して以降、
屋台の中華そば屋が和歌山市内各地に散らばり、店を構えるようになった。
これが和歌山ラーメンの起源であり、「車庫前系」の起源なのである
最初に車庫前に屋台を出したのが、コチラと言われているのである。
アロチ本家 丸高
前述したように、和歌山中華そばの原点は屋台文化にある。
この屋台の流れを汲む、半分澄んだ醤油味の中華そばは「車庫前系」と呼ばれる。
この源流を探ると、それは戦前にさかのぼる
昭和15年に店を出した「丸高」のご主人である高本光二氏(故人)がこの味を広げた。
当時は物資がなかったため、鰹節とじゃこを醤油で炊いてダシをとっていたという。
麺も自分で機械を作って打っていた
この屋台が人気を呼び、忙しいときは近所の人が家族ぐるみで店を手伝った。
使用人を八人も使っていた時期もあったという
この時働いていた人々や、見よう見まねで覚えた人々がそれぞれに屋台を構えていったのが、
和歌山中華そばの基盤となっているのである。
外観及び店内は、かなり年季が入っています。
オイちゃんオバちゃんが切り盛り。
店内奥には、壁に14型ぐらいのブラウン管TVが神棚くらいの高さに設置
いつの時代だぁ〜って程に時が止まり真空パックされた空間。
厨房での調理がまる見えで、きびきびと麺を茹でたりスープを汲んだりする様がよく分かる
井出商店の店内に入った時も感慨深かったですが、ここもまた格別。
ザ・和歌山ってな雰囲気に酔いつつ、定番の早寿司を頬張りながら待つわれら。
そして、伝統の中華そば、来ました!!!
スープは半透明の見た目通りあっさりしています
ただし、井出商店などの濃い和歌山ラーメンと比べてあっさりというだけで、
豚骨の味もしっかり出て、醤油の味の押し出し感と、いい拮抗バランスを保っています。
シンプルの中に際立ったパンチが数発効いてくる感じで、印象的
麺はやはり和歌山ラーメン特有の弛めの茹で具合。
具材のチャーシューは脂身が結構多い部分を使ってます。
そして、ピンクの小さなナルトが2つ入ってます
いや、コレ中々美味いですよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
丸高の屋号は創業者の光二氏の長男の在一氏&弟の英一氏が引き継いで味を守っている。
光二氏の妻、順子さんの話によると、丸高以前にも屋台を引いていた店は存在していたらしい。
「アロチ本家 丸高」が屋台を出したのが昭和15年。
関西ラーメンの始祖的存在である京都の「新福菜館」が昭和15年創業。
九州ラーメンのルーツとされる「南京千両」が昭和12年創業。
三店舗がほぼ同時期のルーツを持ってるってのは、
いちラオタとしては、なんだか末恐ろしくなるほどの重みを感じてしまいます。
和歌山の屋台がいつから出ていたかは定かではないが、
西日本では両者と肩を並べるほどの古くから存在するラーメン処である
醤油や鰹節の発祥地である和歌山には、
古くからラーメンが存在する基盤が、元来あったのかもしれない
●アロチ本家 丸高●
和歌山県和歌山市友田町2-50
073-432-3313 日曜、年末年始休み 17:30〜翌3:00
http://r.tabelog.com/wakayama/A3001/A300101/30000043/
↓↓↓↓クリックして頂けるとウレシイです↓↓↓↓
人気ブログランキングへ

