2011年11月28日

和歌山県和歌山市友田町 アロチ本家 丸高 【ラーメン】

和歌山ラーメン探訪記 その4

その昔、今のJR和歌山駅の前から市役所の前を通り、
国道42号線を和歌浦から海南の方まで路面電車が走っていたバス
この通り沿いの要所要所、例えば「車庫前」などに屋台の中華そば屋がこぞって軒を連ねていた。
路面電車が廃止され、さらに国体のために市内の交通網を整理して以降、
屋台の中華そば屋が和歌山市内各地に散らばり、店を構えるようになった。
これが和歌山ラーメンの起源であり、「車庫前系」の起源なのであるひらめき
最初に車庫前に屋台を出したのが、コチラと言われているのである。

アロチ本家 丸高

アロチ○高.JPG

前述したように、和歌山中華そばの原点は屋台文化にある。
この屋台の流れを汲む、半分澄んだ醤油味の中華そばは「車庫前系」と呼ばれる。
この源流を探ると、それは戦前にさかのぼる時計
昭和15年に店を出した「丸高」のご主人である高本光二氏(故人)がこの味を広げた。
当時は物資がなかったため、鰹節とじゃこを醤油で炊いてダシをとっていたという。
麺も自分で機械を作って打っていたレストラン

この屋台が人気を呼び、忙しいときは近所の人が家族ぐるみで店を手伝った。
使用人を八人も使っていた時期もあったというちっ(怒った顔)
この時働いていた人々や、見よう見まねで覚えた人々がそれぞれに屋台を構えていったのが、
和歌山中華そばの基盤となっているのである。

アロチ○高 (1).JPG

アロチ○高 (2).JPG

外観及び店内は、かなり年季が入っています。
オイちゃんオバちゃんが切り盛り。
店内奥には、壁に14型ぐらいのブラウン管TVが神棚くらいの高さに設置TV
いつの時代だぁ〜って程に時が止まり真空パックされた空間。
厨房での調理がまる見えで、きびきびと麺を茹でたりスープを汲んだりする様がよく分かるサーチ(調べる)

井出商店の店内に入った時も感慨深かったですが、ここもまた格別。
ザ・和歌山ってな雰囲気に酔いつつ、定番の早寿司を頬張りながら待つわれら。

アロチ○高 (3).JPG

そして、伝統の中華そば、来ました!!!

スープは半透明の見た目通りあっさりしています喫茶店
ただし、井出商店などの濃い和歌山ラーメンと比べてあっさりというだけで、
豚骨の味もしっかり出て、醤油の味の押し出し感と、いい拮抗バランスを保っています。
シンプルの中に際立ったパンチが数発効いてくる感じで、印象的雷

麺はやはり和歌山ラーメン特有の弛めの茹で具合。
具材のチャーシューは脂身が結構多い部分を使ってます。
そして、ピンクの小さなナルトが2つ入ってますかわいい

いや、コレ中々美味いですよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

アロチ○高 (4).JPG

アロチ○高 (5).JPG

丸高の屋号は創業者の光二氏の長男の在一氏&弟の英一氏が引き継いで味を守っている。
光二氏の妻、順子さんの話によると、丸高以前にも屋台を引いていた店は存在していたらしい。
「アロチ本家 丸高」が屋台を出したのが昭和15年。
関西ラーメンの始祖的存在である京都の「新福菜館」が昭和15年創業。
九州ラーメンのルーツとされる「南京千両」が昭和12年創業。

三店舗がほぼ同時期のルーツを持ってるってのは、
いちラオタとしては、なんだか末恐ろしくなるほどの重みを感じてしまいます。

和歌山の屋台がいつから出ていたかは定かではないが、
西日本では両者と肩を並べるほどの古くから存在するラーメン処であるプレゼント
醤油や鰹節の発祥地である和歌山には、
古くからラーメンが存在する基盤が、元来あったのかもしれない揺れるハート



●アロチ本家 丸高●
和歌山県和歌山市友田町2-50
073-432-3313 日曜、年末年始休み 17:30〜翌3:00
http://r.tabelog.com/wakayama/A3001/A300101/30000043/




アロチ本家 丸高ラーメン / 和歌山駅田中口駅








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posted by ビーチ at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) |    和歌山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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